東京高等裁判所 平成11年(ネ)6370号 判決 2000年6月29日
控訴人(原告)
株式会社興研
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁護士
小柴文男
井坂光明
被控訴人(被告)
株式会社辰巳菱機
代表者代表取締役
【B】
訴訟代理人弁護士
影山光太郎
市川裕史
笹倉興基
鈴木伸太郎
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は控訴人に対し、五九三万七五六二円及びこれに対する平成二年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、第二審とも、二分の一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
三 この判決の第一項の1は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴人の求めた裁判
「一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は控訴人に対し、九六一万円及びこれに対する平成二年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行宣言。
第二事実関係及び当裁判所の判断
一 訴訟の経緯
控訴人は、控訴人が被控訴人に売り渡した負荷装置システム(原判決別紙物件目録記載の装置。本件装置)について、①被控訴人の本件装置の使用が控訴人の有する特許権の侵害に当たる、②控訴人と被控訴人との間の売買契約(本件契約)解除により、被控訴人が本件装置を使用することは許されなくなり、控訴人は被控訴人に対し、被控訴人の使用による不当利得を返還するか、又は不法行為による損害を賠償する義務がある、などと主張して、その支払を求めている。原判決は、そのほか、債務不履行、所有権侵害に基づく損害賠償請求も含め、控訴人の請求を棄却した。控訴人は原審で、平成一〇年一一月四日付け準備書面に基づき一九四〇万四〇〇〇円の支払を求め、原判決はこれに基づき請求の趣旨を記載したが、控訴人は、平成一一年八月三日付け原審準備書面で本件損害額ないし不当利得額を一四三七万円であると主張を整理し、この主張に基づいて本件控訴を提起した後(付帯請求の始期の関係では請求の拡張があった。)、本判決別紙「工事売上等一覧表」(訂正版)のA期間、C期間のほかに主張していたB期間(平成元年一月二五日から同年六月一〇日まで)の被控訴人の侵害行為に関する主張を撤回した関係で、請求額を九六一万円に減縮した。
二 本件装置の使用と本件発明の技術的範囲への属否
控訴人は、名称を「負荷装置システム」とする本件発明につき本件特許権を有する(その内容は、原判決の事案の概要三頁以下の「一1、2」の項)。
被控訴人は、本件装置を、昭和六三年三月二日に控訴人から代金六二〇万円で買い受け(本件契約)、同年一〇月一四日から平成二年七月七日まで、業として使用した。
本件装置が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて、原判決の事案の概要六頁以下の「二1」の項に記載のとおり当事者間に争いがあるが、原判決はこれを肯定した。当裁判所も、原判決が争点に対する判断中の二四頁以下「一」の項で説示したのと同じ理由により、本件装置は本件発明の技術的範囲に属するものと判断する。当審において、被控訴人は原判決の右説示に関し何ら主張立証を追加していない。
三 事実経過
控訴人が主張する本訴請求の原因及び被控訴人の抗弁等については、本判決の結論に必要な限度で判断の中で触れることとして、まず、本件の事実経過は次のとおりと認められる(証拠(甲三、五、六、一四ないし一六、乙一ないし三)並びに弁論の全趣旨)。
1 控訴人は、昭和六三年三月二日、被控訴人に対し、本件発明の実施品である本件装置を代金六二〇万円で売り渡した(本件契約)。
本件契約には、次のような付帯的な合意があった。すなわち、「被控訴人は、本件発明に関する一連の技術について控訴人がパイオニアであることを認める。被控訴人は、本件発明に関連する控訴人の発明、考案を尊重して、その効力を争ったり権利を侵害しない。被控訴人は、控訴人から開示された本件発明に関する技術、ノウハウを第三者に漏洩しない。被控訴人は、本件発明やその実施物件を改造、設計変更する場合には、事前に控訴人に連絡しその了解の下に実施する。被控訴人は、新たな創作をする場合にも、事前に控訴人に連絡し共同開発して共同出願する。被控訴人は、本件発明に関する技術や実施物件を一般に提供する場合には、菱恵電業株式会社を経由して行い、単独では行わない。被控訴人は、契約終了時には、控訴人から契約上引き渡された全資料を返還する。」という合意である。
本件特許権の出願においては、昭和六二年一一月一〇日に出願公告決定があり、本件契約締結後間もない昭和六三年三月八日に出願公告があり、同年一〇月一四日に特許登録された。
2 ところが、被控訴人が本件契約の特約に反して、本件装置に含まれる技術情報を基に、控訴人に無断で本件発明の実施物件等を製造して営業活動を開始したとして、控訴人は、平成元年一月二五日ころまでに、本件装置を返還するよう被控訴人に求めた。
3 被控訴人は、次のとおりの経緯により控訴人の右求めに応じた。
被控訴人は控訴人に対し、平成元年一月二五日、「委任状」と題し「当社の所有する負荷装置は、製造者の(株)興研へ返却いたします。その後の取扱いについての一切は(株)興研の代表取締役社長【A】殿の処理に任せます。」と記載した書面(甲一四)を交付した。控訴人も、同日、被控訴人に対し、「保管依頼」と題し、「貴社より返却された負荷装置は取扱いの詳細が決まるまで貴方で保管されることをお願いする。なおこの間は貴方の発電機の据付工事に役立たれることを期待する。」と記載した書面(乙一)を交付した。
控訴人は、同年(平成元年)五月一〇日、被控訴人に対し、「平成元年一月二五日に返却された負荷装置は下記のように処理する。1、返却を申し出の期日をもって受理し、(株)興研の所有とする。2、保管依頼は平成元年五月三〇日をもって解消する。申し出人の責において(株)興研に返却する。3、所有権移転に関る詳細イ、負荷装置の代金は金六二〇〇〇〇〇とする。ロ、支払いは、平成元年六月一五日銀行振込とする。」と記載した書面(乙二)を交付した。
さらに、控訴人は同月(平成元年五月)三一日、被控訴人に対して、「負荷装置返却の通告について」と題し、「貴社が平成元年一月二十五日付返却された負荷装置については、左記のように処理します。一、返却の申し出の期日をもって受理し、(株)興研の所有とする。二、保管依頼は平成元年六月十日をもって解消する。
申し出人の責において(株)興研に返却する。三、所有権移転に関する詳細 イ、負荷装置の代金は六二〇〇〇〇〇円とする。ロ、支払は、平成元年六月十五日銀行振込とする。」と記載した書面(乙三の一)を送付し、この書面は、同年六月二日被控訴人に到達した。
4 控訴人は平成二年四月二〇日、代金返還として六二〇万円を被控訴人のために供託し、被控訴人は同年七月七日、控訴人に本件装置を返還した。
四 合意解約の成立等の評価
以上の各事実を総合すると、被控訴人が本件契約の特約に反して本件装置を使用するなどしたことを理由に、控訴人が被控訴人に対し本件装置の返還を求めたため、被控訴人作成の「委任状」及び控訴人作成の「保管依頼」と題する各書面の交換により、控訴人と被控訴人は平成元年一月二五日に本件契約を合意解約し(本件合意解約)、その後の同年六月二日、売買代金六二〇万円については、同年六月一五日までに控訴人が被控訴人に返還し、本件装置については、同月一〇日までの間被控訴人が保管するが翌一一日に控訴人に返還するものと合意したものと認められる。
本件合意解約に基づく双方の履行は遅延したが、控訴人は、平成二年四月二〇日に六二〇万円を被控訴人のために供託し、被控訴人は、同年七月七日に至って本件装置を控訴人に返還したという経緯にある。
五 被控訴人の行為の具体的内容
1 控訴人のいうA期間
被控訴人は、本件特許登録日である昭和六三年一〇月一四日から、本件合意解約のあった前日の平成元年一月二四日までの間、本判決別紙「工事売上等一覧表」(訂正版)のA期間の欄の№3ないし7に記載のとおり、本件装置を五件の現場で、合計一〇日間使用した(№1、2は、被控訴人の主張に基づき、控訴人が主張を撤回)。
右の事実は控訴人が主張するところであるが、被控訴人はこれについて明らかに争わないので、自白したものとみなす。
2 控訴人のいうC期間
被控訴人は、平成元年六月一一日から平成二年七月七日までの間、別紙「工事売上等一覧表」(訂正版)のC期間の欄の№8ないし31に記載のとおり、本件装置を二四件の現場で合計四八日間使用した。
右事実は控訴人が主張するところであるが、被控訴人は、C期間のうち№14及び19の工事は、本件装置を使用しないで試験を行ったものであるとしてこの部分の控訴人の主張を否認する。しかし、その余のC期間の工事に関する控訴人の主張については被控訴人も明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。
被控訴人が否認する№14及び19の工事については、甲二〇(別件の東京地裁平成三年(ワ)第一〇六八七号事件における本訴控訴人の文書提出命令申立ての関係で、本訴被控訴人が提出した平成六年一一月三〇日付け準備書面。被控訴人がした負荷試験の一覧表が添付されている。)によっても、本件装置が使用されて行われたものと認めることはできず、他にこの事実を認めるべき証拠はない。
六 本件特許権侵害の有無
1 控訴人は、前認定のとおり、昭和六三年三月二日、被控訴人に対し本件発明の実施品である本件装置を売り渡した。売買契約においては、特段の事情のない限り、売主は買主に対し、買主において売買の対象とされた目的物の所有権を移転するとともにそれを円満に使用するための一切の権原を付与することを合意の内容としているものと解され、本件契約においても、それが有効に存続する間、被控訴人は適法に本件装置を使用することができるものというべきである(なお、本件契約の前記特約もこれを否定する特段の事情とはいえない。)。控訴人は、当審においてこの点を特に争ってはいない。
2 そこで、平成元年一月二五日の本件合意解約により、被控訴人の使用権原がどのように約定されたかであるが、前記認定のとおり、本件装置については、右同日、「本件装置は取扱いの詳細が決まるまで被控訴人において保管することを依頼する、この間は被控訴人の発電機の据付工事に役立つことを期待する」旨の書面が控訴人から被控訴人に交付されており、これによって、控訴人は、被控訴人が当分の間本件装置を使用することを許諾し、その使用に対しては、本件特許権に基づく権利を行使しない旨の意思表示をしたものと解すべきである。したがって、合意解約後当分の間は、被控訴人が保管中の本件装置の使用につき、控訴人は被控訴人に本件特許権の実施許諾をしたものというべきである。
控訴人は、合意解約によって、本件契約が遡及的に消滅するので、合意解約前の本件装置の使用についても、本件特許権侵害になると主張するが、本件合意解約の際互いに交付された前記書面(甲一四、乙一)の記載内容からすると、控訴人主張のように解することはできない。
3 次に、控訴人は被控訴人に対し、平成元年五月一〇日「保管依頼は平成元年五月三〇日をもって解消する」との内容を含む書面(乙二)を交付し、同月三一日付け(六月二日到達)の「保管依頼は平成元年六月十日をもって解消する。」との内容を含む書面(乙三の一)を送付したことは、前記三3に認定のとおりである。
右各書面には、本件合意解約に伴う本件装置の代金返還を平成元年六月一五日とする旨の記載もあることから、控訴人の代金返還と被控訴人の本件装置返還とが同時履行の関係に立つか否かが問題となる(被控訴人は、「被控訴人の本件装置引渡義務は、売買契約に基づく目的物引渡義務であるから、控訴人が返還すべき代金六二〇万円を供託した日(平成二年四月二〇日)まで引渡しを拒絶することができた。したがって、被控訴人の行為に違法性はない。」と主張する。)。
控訴人が交付、送付した前記二通の書面には、本件装置返還の履行期限を代金返還期限に先行させていることからすると、本件合意解除を約定した当事者双方がそれぞれの履行を同時履行に係らせる意思を有していたとするには疑問があるが、他方、控訴人が代金を供託して被控訴人に返還したのが平成二年四月二〇日であって、控訴人の代金返還債務も期限を徒過しているので、控訴人が意図していたとおりに、本件装置の返還の履行を先行させるべきであったとも、にわかに断定することはできない。
しかしながら、控訴人から被控訴人に対する右二通の書面による保管依頼の解消の意思表示により、二度目の平成元年五月三一日付け書面の内容にあるとおり、当分の間の本件装置の前記使用許諾は、平成元年六月一〇日をもって将来的に撤回され解約されたものと認めるべきであり(もともと、本件装置の保管依頼及び使用許諾の意思表示自体、控訴人から一方的にされたものであるし、被控訴人が平成元年六月二日の控訴人の右意思表示に異議を申し出たことについての主張立証はない。)、翌六月一一日以降の被控訴人による本件装置の使用は、本件特許権を侵害することになるというべきである。仮に被控訴人が、本件装置返還につき代金返還との間に同時履行の抗弁を主張し得るとしても、それは本件装置の引渡しを拒むことができるとの効果を生じさせるにとどまり、進んで、本件装置を使用して本件特許権を実施することまでが許容されるものではない。
4 そうすると、平成元年一月二〇日までの間のA期間における被控訴人の本件装置の使用は本件特許権を侵害するということはできないが、平成元年六月一一日以降(実際には同年七月三一日以降)のC期間における被控訴人の本件装置の使用は本件特許権を侵害するものである。
被控訴人は本件合意解約の際清算合意があった旨主張するが、本件において、前記認定の控訴人による被控訴人に対する当分の間の保管依頼及び使用許諾があったこと、並びに保管依頼は平成元年六月一〇日をもって解消する旨の意思表示があったこと以外に、合意解約以降の本件特許権の実施品(本件装置)の使用についての合意があったことを認めるべき証拠はない。
七 不当利得額
控訴人は、被控訴人が本件装置の二日間の使用料として顧客から三五万円の支払を得ていたと主張し、被控訴人もこの事実を認めている。控訴人は、被控訴人の本件装置の使用による不当利得額は、右額から一日当たり二万円の変動経費(車両の燃料代等相当額)を控除したものが、本件特許権を侵害して本件装置を使用したことによる被控訴人の不当利得額であると主張する。二日間の右使用料から控除すべき経費額としては、当事者双方から他に主張立証がないので、被控訴人が本件特許権を侵害したことにより得た不当利得の額は、一件の二日間当たり三一万円(三五万円から二日分の変動経費四万円を控除した額)であると認めるべきである。
八 被控訴人の不当利得返還義務
1 以上説示したところによれば、被控訴人は、別紙「工事売上等一覧表」(訂正版)のC期間の欄の№8ないし31(№14及び19の工事を除く。)の工事二二件において本件装置を使用したことにつき、本件特許権を侵害したものというべきであり、一件の二日間当たり三一万円、合計六八二万円を不当に利得し、これにより控訴人は同額の損失を被ったものというべきである。
2 被控訴人は、「被控訴人が本件装置を使用して収益を上げることができたのは、被控訴人が電気設備工事請負業を営み、負荷試験請負業務の市場に対し、以前から広いつながりを有していたからである。控訴人は、当時このようなつながりを有していなかった。したがって、被控訴人が本件装置を使用して収益を上げても、控訴人には損害が発生しておらず、また、被控訴人の収益と控訴人の損害の因果関係もない。」と主張する。
しかしながら、この被控訴人主張の事実を的確に認めるべき証拠はなく(被控訴人代表者の陳述書である乙六一によっても認めることはできない。)、右主張は理由がない。
3 被控訴人は、「本件装置の控訴人への引渡しは、売買契約に基づくものであるところ、物の売主は、買主が代金を支払うまでは売買の目的物の果実を取得できるから、右売買から控訴人が右代金を供託した日(平成二年四月二〇日)までの通常の使用による利得は、不当利得にならない。」とも主張する。この主張は、被控訴人から控訴人に対しては本件装置につき新たな売買があったとの被控訴人の主張を前提とするものであるところ、前記四において説示したとおり、本件装置については控訴人と被控訴人との間で本件合意解約の合意が成立したものであって、被控訴人主張のように新たな売買が成立したと認めることはできないから(被控訴人は当審において、本件合意解約の成立を認めた原判決の認定について特段の主張をしていない。)、被控訴人の右主張は前提を欠き、理由がない。
4 被控訴人は、次の①、②の額の金銭債権を自働債権として、対当額で相殺する旨主張する(原審平成一一年三月三一日付け準備書面)。
① 本件装置の代金として控訴人に交付した六二〇万円について、交付日(昭和六三年三月二日)から控訴人が右代金を供託した日(平成二年四月二〇日)までの金利相当額。
② 右期間中の本件装置保管費用額。
①は、代金の金利相当額の不当利得返還請求権を自働債権として主張するものと解されるところ、本件合意解約が遡及的に本件契約を解除するものでないことは前判示のとおりであるから、本件契約による本件代金交付から平成元年一月二五日の本件合意解約までの間は、控訴人が代金を受領していたことについて、その金利相当額を不当利得として被控訴人に償還すべきものと解する根拠はない。控訴人が本件装置の保管を依頼し、その使用を許諾していた間についても、その使用に伴って被控訴人が得ることのできる利益との対比上、代金返還までの間の代金についての金利相当額が控訴人の不当利得となるものではない。
保管依頼が将来的に撤回された平成元年六月一一日以降の代金の金利相当額のうち、控訴人が代金を返還すべき期限とした同月一五日の翌日から供託のあった平成二年四月二〇日までの間(三〇九日間)については、控訴人は金利相当額を利得したものとして、被控訴人に償還すべきものである。なお、六月一一日から同月一四日の間は、代金返還の期限が未到来なので、控訴人が金利相当額について不当利得したものと認めることはできない。
②の本件装置保管費用については、被控訴人が利得したと認められる前記の額を導く事情と評価すべきものを超えて(被控訴人は、保管費用の生じることも踏まえて、本件装置の使用料を顧客から得て不当に利得したものと認めるのが自然である。)、控訴人が被控訴人に償還すべきものがあるとすべき具体的な事実関係を認めるべき証拠はない。
したがって、代金六二〇万円に対する三〇九日間の年五分の利息額が前記不当利得額から控除されるべきである。この額は二六万二四三八円であり、五九三万七五六二円が残額となる。
5 したがって、被控訴人は不当利得金五九三万七五六二円を控訴人に返還すべき義務がある。なお、この不当利得額が認められる本件装置の使用期間(平成元年七月以降のC期間)について、控訴人は、平成一一年二月八日付け原審準備書面(被控訴人代理人は、この書面を同日ファクシミリで受信している。)で不当利得返還の請求の訴えを追加しているので、右不当利得の返還請求権は時効消滅していない。
被控訴人は、「不当利得返還請求権には短期消滅時効の規定がないが、不法行為に基づく損害賠償請求権が時効によって消滅している場合に、不当利得による請求を認めることは、右規定を置いた法の趣旨に反するから、控訴人の不当利得による請求は権利の濫用に当たる。」と主張するが、不当利得返還請求権は損害賠償請求権と併存し得る別の権利であり、右主張は採用することができない。被控訴人が平成一二年三月三一日付け当審準備書面において、本件訴訟提起が不当なものであると主張するところも、採用することができない。
九 小結
以上説示したところによれば、控訴人の不当利得返還請求は五九三万七五六二円の返還及びこれに対する被控訴人が本件装置を使用して本件特許権を侵害した最終の日より後の日である平成二年七月七日からの法定利息の支払を求める限度で理由がある(本件合意解約後の本件特許権侵害行為者として、被控訴人は悪意の受益者と認められる。)。
なお、控訴人が不当利得返還請求権以外に主張するところは、不当利得返還請求権と選択的にするものと解されるが、以上説示したところによれば、これらの主張については、そもそも特許権侵害とならない期間のものに関する主張として前提を欠くか、又は不当利得返還請求権を認めることにより判断の必要がなくなったものである。
第三結論
よって、請求を棄却した原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)
<以下省略>